しまりす写真館の現像室から

カラーネガフィルムでユルめに写真を撮っています

ライカ「現成公案」の巻

3. M6を買え。

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Leica M6 + Summicron 35mm (6 elements) + Fujicolor X-Tra 400 @ 佐渡

「残念ながらライカM6のような最新型のライカ機材には、60年代のライカが持っていたすばらしい精密感、手にして恍惚としてしまうようなあの感じがしない」

田中長徳「間違いだらけのカメラ選び【別巻I】くさっても、ライカ」1994年発行 140頁)

 ライカM6に関しましては、貴殿におかれましてもご高尚のとおり、上に引用させていただいたようなご批判があるのですが、「最新型の機材」といっても、もはや四半世紀もむかしの言説。しかし、このむかし話がいまだに亡霊のように付き纏っているのがこの「ライカ」界隈の不思議なところであり、まさに「忘れられる権利」の必要性が叫ばれる由縁でもあります。

さて、冷静になって考えてみれば中古品のライカなど「普通はあり得ない」お話で、新品MP、M-AあるいはデジタルMをとの、前回申述べました私の見解につきまして、「全くちがう地平からのお話」と耳を傾けていただけなかった貴兄もしくは貴女に、最初のライカとして(願わしくは、「最後の」ライカとして)お勧めしたいのはやはりライカM6でございます。田中長徳氏のようなご批判はあるものの、しかしこれって要は「60年代のライカ」なるものを知らなければ、全く気にはならないことではないかと思われ、まさに「知らぬが仏」とはこのような場面で使う諺なのでしょうか。

中古のMP、M-A或いはM7といった選択肢もあるところですが、最初の2者はほとんど中古品を見かけることがありませんし、見かけたとしても新品とさほど変わらない値段設定となっているわけです。M7は電子シャッターゆえ、この先20年、30年と使うことを考えると不安だ。(高度に消費社会化した今日において20年、30年って現実離れした話であるが、「ライカ」ウイルスに侵されると、金銭感覚が麻痺するとともに、思考における時間軸がやたらと永くなってしまうのです。「形見としてひ孫に遺してやりたい」とかね。「その前にユー、独身だろ?嫁さんもらえ」っていうツッコミはなしでお願いします。)ということで、バイク王からもらった15万円なにがしを握りしめた私が購入を考えていたのはM6TTLです。

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しかし、結局、購入に及んだのはこちらのお品物。ライカM6 Wetzlerモデル。M6「クラシック」などと呼ばれている、いわゆる初期型のM6である。

このM6を購入したのは当時日本橋高島屋の6階にあったレモン社。こちらのお店と御徒町の新橋イチカメラに目当てのM6TTLのブラッククロームがあることを「J-Camera」にて確認済みの私は、ある土曜日の朝、新橋駅で降車、銀座線に乗り換え、まずはこちらのお店に向かったのでした。

しかし、ここでお店のお兄さんに「お勧めはこちらですね〜」と言われたのがこの個体だったのだ。

生来外界事象全般に懐疑的な私は、かねてよりネット上の情報にて、M6の初期型は不具合が多いという噂を仕入れておりましたゆえ「このお兄さんのいうことを信じて大丈夫かな〜」と内心思いました。以下、お兄さんこと師匠とライカ初心者の私こと小僧の間にこの時交わされた問答。

檸檬日本橋店舗店長土曜の朝客おらず暇にて扇を使うちなみにライカ買いたしと初心者の小僧来たりて「M6TTL買いたし」と申すに店長曰く「M6購うなら汝選ぶべきはTTLにあらずこのM6なり」と。小僧問ふ「風性常住無処不周なり、写真機のみならず萬物悉く若き物新しき物こそめでたけれというぞことわり。なにをもてか和尚新しきM6TTLにあらず古きM6を推す」師曰く「汝ただ風性常住を知れりとも、いまだところとしていたらずというふことなき道理を知らず。未だ初心のものなれば頑是難き事にしあれども、M6TTLその背丈六厘の差なれど僅に高し」小僧曰く「いかならむかこれ彼我の写真機背丈六厘の差、底(ち)の道理!」ときに、師、扇を使うのみなり。僧礼拝す。ちーん。

うーん、「真理」って、語って聞かせるものではない、心で伝えるものなのですね〜。

それはともかく、つまり、お店のお兄さんは「カメラの高さが2ミリだけ、ほら、TTLの方が高いんですよね〜。」と、私に教えたのであった。

思えば、このとき私は「特濃」のライカウイルスに被爆したのでありました。

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Leica M6 + Minolta M. Rokkor 28mm + Kodak 400 @ 石垣島

カメラボディの高さの違い、2ミリで評価が分かれるライカの世界。なるほど、そう言われてみてシャッターを切ってみますと、M6TTLはその少しだけ大きなトップカバーの中でシャッター音がカメラの中で反響するのでしょうか、単なる妄想だったかもしれませんが、その時TTLのシャッター音は、私の耳にはノートルダム寺院の大鐘楼の中に響き渡る鐘の音もかくやと思われるのであった。M6の方が少しこもったようなと言いますか、「トンっ」となるほどシャッター音が静かである!と、思ってしまったわけであります。

実は今回この一連の記事を書こうと思いたったきっかけは、最近の中古価格の値上がりにわずかばかりの利益確定に走りかけこのM6をついに手放すことを考えて、半年ほど入れっぱなしだったフィルムの最後の一コマでうちの猫を撮って、フィルムを抜き取った後、ストラップも外した状態でしばらく防湿庫にしまっていたのですが、よくよく考えてみるに、私が持っているライカの中では、このM6が最も美しく、かつ感触が良いのだということに、今更ながらに気が付いて、そのことを忘れることがないようにしなければならぬ、まかり間違って手放して後で後悔するようなことがあってはならぬ、なればこの熱き想いを今こそ書き留めておくべきなり、と思ったということに端を発しているわけであります。

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Leica M6 + M. Rokkor 28mm + Kodak 400 @ 那覇

このM6を使うたびに思い出すのは、これを買ったレモン社のお兄さんのことです。素人なりにファインダーを覗いたりシャッターを切ってみたりして、この個体とM6TTLとを比べた挙句、「じゃあこのM6にします」といった時の彼の喜びようといったら、カメラを買う本人よりも嬉しそうで、頼んでもいないのに、自分でカメラを点検し始めて、全速シャッターを切って、ファインダーを覗いて「うーん、これはきれいな『牧場』だ〜」ってしきりに感嘆していて、私は「きれいなファインダーのことを、ライカ界隈ではきれいな『牧場』というのかな」と思っていたのですが、あれは「極上」といっていたのでしょうね。そして、フィルムを交換するときはファインダの対物ガラスに指紋がつかないように、左手の人差し指の腹をトップカバーに添えてボディをひっくり返して底蓋を外し、外した底蓋はボディを支えている左手の小指と薬指の間に挟んでおくのがいいですよ〜、とか、たまーにバックドアについている電気接点を綿棒で拭いてあげてくださいね〜とか、文字通り「新入」の私にいろいろと教えてくれたのであった。

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Leica M6 + Summicron 35mm (6 Elements) + Fujicolor X-Tra 400 @ 佐渡

これまで色々なお店でライカを購入してきたのですが、思うに、買う人よりも嬉しそうな店員さんがいるお店で買うのが、きっと幸せになれるなんじゃないかと思います。

いやいやいや、20万円前後もするたっかーい中古のカメラを買ってくれるという奇特奇矯なお客さんが来てるんですから、そりゃ、みんな売る人は嬉しそうでしょう・・・って?

いやいやいや、意外とっていうか、そうでもないんですよね。

何だか最近、中古のライカを売ってる店員さん、あまり楽しそうじゃないっていうか、売ってる品物に自信がなさそうな人が少なくないような気がしています。。「え、これ、ほんとこの値段で買うの?」みたいな・・・というのは私の精神的不安定さから来ている偏見?これもコロナの影響で人的交流、ソーシャルインターアクションが希薄になって久しいせいで人が人の心を感じる力が弱まっているせい?こっちはとにかくライカウイルスに感染しちゃって、これ買わないと重症化しそうなんだから、もういくらでもいいんだよ、命には代えられないから!とか思っちゃったりしてるんだけど。。

なので、私はお店でライカを売っている人に言いたい。是非、自信を持ってライカを売っていただきたい。これも「人助け」である、と。

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Leica M6 + Minolta M. Rokkor 28mm @ 沖縄

まあいずれにせよ、そういうわけで、私はたいへん祝福されたライカ人生の第一歩を踏み出したのであった。

あれ以来、足掛け7年このM6を使っているけど、最大の弱点は、よく言われれているとおり、左前方の角度から光が差し込んでいる状態の時、距離計が乱反射して二重像を確認できなくなってしまい測距不能になるという、このモデル特有の「持病」。あと、購入後にフィルムを通して発覚したのですが、数カットに一度の割合で、光線漏れでフィルムの上端部がカブってしまうという症状があったこと。光線漏れについてはお店に持っていって2週間ほど入院して、完治しました。以来、トラブルは一切なし。

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Leica M6 + Summicron 50mm

しかしながら、このように幸福な出会いがあったにもかかわらず、M6を購入したほんの数週間後、私はブラッククロームのM6TTLも手にしていたのであった。。ことの顛末については、また次回。