しまりす写真館の現像室から

カラーネガフィルムでユルめに写真を撮っています

M6と「東京物語」

カメラを選ぶときに必要なものがある。それは「物語」である。我々はこれに弱い。M3はアンリ・カルチェブレッソンが使った、とか、M2はベトナム戦争の従軍記者たちが愛用したカメラである、とか、M4はギャリー・ウィノグラントが愛用したカメラであるとか、あるいは福山雅治が愛用しているとか、M5は北井一夫氏の愛用のカメラであるとか。。。

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Leica M6 + Summicron 35mm @ Barcelona

そこにいくとM6はそういう「セックスアピール」のある「物語性」を提供してくれるような逸話というか、挿話となるものが少ないように感じる、のが、もしかするといまひとつ巷でM6人気が盛り上がらない理由であるような気がしてしまうのである。

なーんてことをぼんやりと考えていたら、実は手元にとってもヘビー級な「M6物語」がある事に気がついた。

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Leica M6 + Summicron 35mm @ Kyoto

1992年といえば、その前年にイラククウェートの間で湾岸戦争が勃発し、一気に世界経済が冷え込んで、80年代中頃から続いていた日本の「バブル景気」が一気に萎み・・・といった時期であったが、雑誌「SWITCH」で「笠智衆特集」が組まれることになり、撮影のために大船(北鎌倉?)に住む俳優の家に向かったのが「アラーキー」こと荒木経惟巨匠だったのである。笠智衆は「男はつらいよ」シリーズで「柴又帝釈天」の住職としても登場して寅さんの頭を木魚がわりに叩いたりしてるけど、何と言っても「東京物語」をはじめとする小津安二郎監督の映画作品に欠かせない俳優。ローアングルで、標準レンズで小津監督が創り出す淡々とした映像世界で、正面からカメラを向いて「それは違う。そんなもんじゃないさ。お父さんはもう56だ。お父さんの人生はもう終わりに近いんだよ。だけどお前たちはこれからだ・・・幸せは待ってるもんじゃなくて、やっぱり、自分たちで創り出すもんなんだよ。結婚する事に幸せがあるんじゃない。新しい夫婦が、新しい夫婦の人生を作り上げていく事に、幸せがあるんだよ」・・・くうう〜泣かせる(涙)。「東京物語」もいいけど、個人的にはやはり「晩春」がいい!

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Leica M6 + Summicron 50mm (3rd Gen.)

それはともかく、アラーキーは「笠さんを撮るなら、ライカじゃなきゃ」と、大船に行く前に銀座のレモン社にいき、そこで自身「初めてのライカ」としてM6とズミクロン35ミリ、そしてエルマー50ミリを購入し、電車の中で説明書を読みながら笠さんのいる大船に向かったのでした、ということだったそうである(出典:「SWITCH」2017年1月号)。 

「荒木は五百六十グラムのライカボディの感触を確かめながら、吹き出すような汗を何度も拭った。『いいな、いいな』と荒木が高揚していた。

『ライカを使っての撮影は今までなかったのですか?』

荒木にとって初ライカ、今まで一回も触っていなかったことがむしろ不思議だった。

『・・・・・なかったな。ライカは魂を奪うカメラだ。だからずっと避けてきた』」(「SWITCH」No.35 Jan.2017 85頁より引用)

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アラーキーのライカM6と、私のライカM6

さあ、どうです。これだけ濃ゆい「物語」があるでしょうか。よくみんなが「品がない」などと文句を言う正面の「赤バッジ」も気にならなくなってきて、むしろかっこよく見えてきたでしょう、なんてったってあのアラーキーも使ったのですよ、しかも笠智衆さんとの一度限りのセッションでなんの戸惑いもなくお店で買ってそのままのM6で撮影に臨んでるんです。今のライカだと、新品を一発勝負の撮影に使うのはちょっと怖いような気もしますが、この当時の「ライカ」に「初期不良」はあり得ないという確固たる信仰があったのでしょう、なんて言ったって「魂を吸い取るカメラ」なんですから・・

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Leica M6 + Summicron 35mm

ところで、私がM6を買った時に一緒に買ったレンズはズミクロン35ミリの第二世代、6枚玉のいわゆる「ツノ付き」ってやつです。最初は50ミリの古いエルマーあたりを5万円くらいで買おうと思って、レモン社でM6のボディを買った後、銀座に回ったのですが、どこのお店に行っても適当なものがなく、お店の人に「もう銀座にライカはないよ、みんな中国からのお客さんが買ってっちゃったからね!」と言われ、「ああ、もう日本からライカはなくなってしまおうとしているんだ!」という妄想に駆られた私は、日本橋三越のレモン社に駆け戻り、「牧場」のお兄さんからこのズミクロンを購入するに至ったわけです。フィルター枠がなくて、フィルターをつけようと思うとフードと、たっかーいシリーズ7というフィルターを中古で買うしかないっていうのが困ったところですが、バイク王からもらったお金を使い果たして借金生活に入ってしまった私は歪んで分割式なのに分割できないという難有り品の12504型のフードを数千円で購入して、フィルターなしで使ってます。まあ、軽くて小さいし、6枚玉とはいえそこはズミクロン、とてもシャープに写るので、手持ちのライカレンズの中では一番のお気に入りです。