しまりす写真館の現像室から

カラーネガフィルムでユルめに写真を撮っています

秋が来ました

Fujifilm X-E2 + XF18mmF2.0

芸術の秋。なぜ、秋は芸術なのか。秋になると急にみんなレオナルド・ダ・ヴィンチや、ミケランジェロゲーテもしくはトルストイになるのか。

食欲の秋。夏や、冬には腹が減らないのか。冬にはすき焼きがうまい。夏にはそうめんがうまい。鰻もだ。春だってそうだ。花見に行って、ガブガブ飲んで、バクバク食べているではないか。

Ricoh GX200

読書の秋。冬や春には本は読まないのか。夏休みには各出版社が「この夏の一冊」「夏イチ」などと銘打って、販促しているではないか。冬になるとこたつに入ったまま、漫画ばっかり読みたくなるぞ。

Fujifilm X-E2 + XF18mmF2.0

そんな屁理屈をこねてみても、やはり私にはわかっている。確かに、夏が過ぎて、秋が来たな、と思うと、やたらと腹が減り、いくら食べても許されるような気がするし(なんていったって、食欲の秋ですから)、本屋に行けば読みもしない本を爆買いし、なんとなくだけど、茶色い革靴を履いて、ブレザーコートにニットタイ、ベレー帽なんて被っちゃったりして、都内の美術館に出かけて、喫茶室でシナモンコーヒーなんて、小指を立ててカップを持って啜ってみちゃったりしたくなるような気がするのだ。そして午後の低い日差しの中乾いた土の小道に舞う枯葉を見つけて「もう、秋ね」なんて嘯いてみたりなんかしちゃうのだ。

秋が来ました。さて、今夜は何を食うかな〜。

Fujifilm X-E2 + XF18mmF2.0

そうそう、この間丸善に行って、ふと見つけたこちらの写真集を買ってしまった。ソールライターの写真集、正直あまり好きになれるものがなかったのだけど、この写真集はとても綺麗。お値段も良心的ですし、とても気に入ってパラパラめくっています。

これを読んでいると、望遠レンズが欲しくなってきますね。。

「物欲の秋」!

Leica M:ときには星の下で眠る

「オートバイは、直線ののぼり坂にかかった。平野は、両手を空にむけて高くさしのべた。

 空にむかってせりあがるように頂上に出た瞬間、青い空や透明な風が彼をオートバイごと空中にひきあげてくれるような、強烈な錯覚があった。」

(「ときには星の下で眠る」片岡義男 角川文庫 昭和55年5月25日初版発行 昭和59年2月20日 10版発行)

Leica M + Summilux 50mm

 

多忙である。ありがたいことではあるが、一体いつまで多忙なのだろうかと思うと、不安になる。2週連続の3連休も仕事である。一体どうしたことであろうか。

思えば昔からこんな感じである。友達とツーリングの約束をしている土曜日に限って、仕事の用事が入る。「〇〇くん、悪いけど、君も出てきてくれる〜」っと言われてしまうのだ。1990年代初頭のこととて、もちろん休日出勤手当も残業代も出ない。出そうか?という話もなかったのだ。というか、はっきり「申請してはいけない」って言われてた。。おおらかというか、なんというか、「時代」だったな。

というわけで、土曜日の午後、仕事が終わってから、先に出発した連中を追いかける。職場のロッカーに入れてた革ジャン、皮パンに着替えて、走る走る。

僕が乗っていたのはヤマハのSRだったけど、排ガス規制前のモデルだったから、まだパワーがあった。世紀が変わってから排ガス規制で排気口からバイパスをつけられたSRに乗っていた時期もあったけど、「へ?」ってくらいにパワーでなくて、麦草峠の坂を登らないんだよね。登りのカーブで失速しそうになって、危うく転びかけた。

夕方の4時ぐらいに銀座あたりの職場を出て、民宿にいる先輩たちに合流するために西伊豆の雲見まで走ってったことがある。辿り着いたのは夜の10時過ぎで、先輩たちはもう食事も済ませてしまっていて。でも宿のおばさんがおにぎりを作ってくれていて、嬉しかったな。あの嬉しい気持ちは、30年以上経っても、覚えている。

小淵沢の少し手前の合宿所にいる仲間と合流するために夜の中央高速を1人で走ったこともよく覚えている。甲府を過ぎたあたりから始まる坂ってなんていったっけ。長坂?あのあたりが「北杜」なんていうシャレオツな名前になる前の話だ。すっかり陽が沈んだあとのあの坂を登りながら、バイクのヘッドライトを消すと、星が夜空を埋め尽くしていることがわかる。星空に向かって疾走しているように錯覚できるのだ。パリパリパリ、とスーパートラップ(っていうのがあったな。今でもあるのかな)のマフラーの音をたてながら合宿所への坂を登っていったら、みんながわーって出てきて出迎えてくれたことも、よく覚えている。

今は、バイクのエンジンをかけると自動的にヘッドランプがついて、走りながらヘッドランプを消すっていう自由はライダーから奪われてしまったから、あんなことはもう出来ないんだろうな。

何でもかんでも「自動化」するっていうのもいかがなものかと思う。っていうことで、マニュアルフォーカスのライカMは、いいのだ。でも、自動露出は、はっきりいって、チョー楽だけど。

冒頭に引用した片岡義男の文庫本は、確か、大学生の時に、下宿の近くにあった本屋でふと手に取って買ったもののはずだ。高校生の時にずいぶんオートバイに憧れていたから、片岡義男の本はほとんど読み尽くしていたようにおもうのだけど(「オートバイは僕の先生」という短いエッセイの中に、オートバイに乗ることの魅力はとても短く凝縮されて、語り尽くされてしまっているので、それ以上に付け足すことはもうないのだ)、この文庫本は買ったぎり、ずいぶんあとになるまで読まなかったように思う。学校を卒業して、働き始めて給料をもらうようになって、じぶんのバイクを買って、そうして初めて読んだ本だったように思う。

Leica IIIf : 言葉が美しくなるとき

Leia IIIf + Elmar 5cm 3.5cm (red dial) + Fujifilm Acros 100II

「言葉がりっぱになり、美しくなるのは、ぼくにはいやなことだ。」

田中小実昌 「言葉の顔」ちくま文庫田中小実昌ベスト・エッセイ」より 初出「ワインの涙はそら涙」1985年3月旺文社文庫

上記の引用は、田中小実昌氏が、以前は「物書き」「小説家」のことを「ライター(writer)」と呼んでいたのにいつの間にか、「オーサー(author)」と呼ぶようになった(自身もそう呼ばれるようになった)ことに対する「違和感」の表明の記述である。なるほど、田中氏にしてみれば、自分は「writer(物書き)」であると自覚していたところいつの間にか客観的に「author(著述家)」とされてしまうと、自分のコントロールの及ばないところで急に立派な人になってしまって、そういう事を喜ぶ人もいるのかもしれないが、おそらく田中氏としては、それまでと同じように新宿ゴールデン街にてステテコ、半パンにサンダルばきで飲んだくれて楽しくやるということができなくなって、「飲むんだったらせめて新宿西口のホテルのバーで飲んでください。あ、もちろん襟付きのシャツと革靴は履いてくださいね、著述家らしく」なんてことになったら、これはもう人権侵害、いやジンカクの蹂躙といっても差し支えないのである、ということだったのかな。

Leica IIIf + Summaron 35mmF3.5 + Fujifilm Acros100II

さて、久しぶりにバルナックを持ち出してフィルム一本取り切ってみました。M型よりも軽くて小さいのがバルナック型の魅力です。ずっとSummaron35ミリをつけっぱなしにしていたのですが、ふと気がついて、久しぶりにレンズを外してスマホのLEDライトで透かしてみたところ、かなりレンズが曇ってきている気が・・・上の写真を見るとそれほど影響は出てないようですが。。

Leica IIIf + Elmar 5cm F3.5 + Fujifilm Acros 100 II

Elmar 5cmを付けて撮り歩いてみました。外付けファインダーは使わずに、カメラのファインダーで構図を決めたのですが、こうしてみると、ファインダーの視野よりも実際にフィルムに写る範囲は、結構狭いのね。

物欲の地獄門、お小遣いのブラックホール、ともよばれている「Jカメラ」ウェブサイトを気の向くままに検索しているうちに綺麗なDIIを見つけてしまい、夏休みに「細雪」を読んで主人公たちが使っている戦前ライカに興味を持っていた私は、「やはり板金だな、ライカは」と、すっかりと「買う」モードになっていたのですが、駅に向かう途中あまりに天気が良くて「買ってる場合じゃないでしょ」と正気に戻ることができたのでした。

強い日差しの中で順光で撮った写真はあまりおもしろくない仕上がりになっていましたが、日陰で撮った写真はいい感じで撮れていました。

実際のところ、バルナック型のIIIfが一台あれば、じぶんの用途的には事足りてしまうのですよね。ということで、さいきん防湿庫の中にしまいっぱなしになっていたM4-2をそろそろ手放そうかと、取り出してみたのですが、軍艦部がマグ合金のせいか、M2やM3よりも軽くて、取り回しがいいんですよね。ということで、カメラの中に残っているフィルムを数カット露光させた後、防湿庫の中でもう少し眠っていてもらうことにしたのでした。10月になったら仕事がひと段落するはずなので、そうしたらM4-2、また使ってあげよう。

 

 

Rollei 35と、「細雪」の世界

Rollei 35 + Tessar 40mmF3.5 + Provia 100F

「明くる日の朝は、先ず広沢の池のほとりにいって、水に枝をさしかけた一本の桜の樹のしたに、幸子、悦子、雪子、妙子という順に列んだ姿を、遍照寺山を背景に入れて貞之助がライカに収めた。」

谷崎潤一郎細雪」より)

このところ、週末にカメラを持ち出す暇もないくらい忙しかったのですが、そんな中、5月に続き、再び帰省する機会がありました。そうすると、毎度のお悩みが「どのカメラを持っていくのか」ということになりますが、ずっと高稼働状態が続きお疲れ気味の老骨に、おりからの猛暑の中重いカメラを持って歩く気力もなく、ライカでさえ重すぎる、ということで、小さなローライ35を持っていくことにしたわけです。フィルムは近時のフィルム高騰を踏まえお安い(といっても一本1200円!)フジのカラーネガにしようと近所の写真屋に行ったところ、なんとお休み。やむなく電車に乗って最寄りのヨドバシカメラまでショートトリップ。電車に乗っている間に気が変わり、大枚叩いて(溜まってたポイント使いましたが)プロビア5本を仕入れた次第です。

ローライ35といえば、スティーブン・ショアの「American Surface」。アメリカ中を旅しながら、日々の風景、出会った人、食べた物、モーテルの部屋、冷蔵庫の中、使ったトイレまで・・・ローライ35で撮りまくった、ロードムービーのような写真集なのですが、あれって、カラーネガで撮ったのかな。あれとおんなじ感じで!っと意気込んだのではみたものの、出会った猫ぐらいは撮れるかもしれないけど、ガラスの心臓の私には人間のポートレートは撮れそうにありません。ストロボも持ってないので、夜や室内の撮影も無理。トイレを取る気はない。。。それに、日本のホテルのトイレはどこも綺麗なので、ショアの写真集のように味のあるというか、ある意味馨しい(?)写真にはなりそうにありません。食事にしてみても、日本の食事は美味しそうに見えすぎるので、ショアの写真集に出てくる、あの実に不味そうな食べ物の写真は、撮ろうとおもってもなかなか撮れそうにないですよね〜。

ということで、以下、とある地方都市の真夏の風景をランダムにアップロードすることとします。

周囲に雨宿りできそうな建物もないなか、夕立を心配しましたが、わずかにぱらついてはきたものの、外を歩いてる間はなんとか持ちこたえてくれました。

子供の頃、このグラウンドに集まって野球の練習をしたものですが・・・近所でちゃんと9人以上のチームを編成するくらいはいたあの子達はどこにいっちゃったんでしょう。

日差しも出てきた。

今夏の帰省の目的の一つが30年ほど前に他界した祖父の墓参り、だったのですが、肝心のお墓が見つからず。。墓じまいしちゃったのかな。

小さいカメラだから、水平を撮るのが難しい。ちょっと気を抜くと、画面が左に傾いちゃうんですよね。

昔はこの池に鯉?金魚?がたくさんいたと思うのだけど。。今は水も抜かれて、白鳥さんだけが虚空に浮かぶのみなり。

ローライ35は距離計がないので、目測でレンズの距離指標を合わせるのですが、ある程度絞り込めれば、そこそこ被写界深度の中に被写体を収めることは難しくはありません。最近、老眼が進んで目が疲れやすくなってしまったせいか、一眼レフやライカのファインダでピント合わせるのが億劫になることがあるんですよね。考えようによっては目測撮影は目が疲れないので気楽といえば気楽です。

帰省するといつも思うのだけど、空が広い、というか、近いんですよね。

駅前のホテルにチェックインしてシャワーを浴びたあと、飲み屋を探しつつ人気の少ない街中を歩いてて、ふと予感がした路地にはやはり猫たちが屯していたのでした。

だいぶ暗くなってきていて開放のF3.5か、F4まで絞りを開いて、シャッター速度は15分の1秒くらいにしたと思うのだけど、やはりブレちゃいましたね。とうことで、今夜のビールは向こうから歩いてきたお姉さんがアルバイトで入っていった居酒屋に決定。

お見苦しくてもうしわけないが、一応ショア的にホテルの部屋も。

実は初日から張り切って飲み過ぎてしまい、かなりひどい二日酔い、というか、締めにラーメンにチャーハンまで平らげたせいで激しく胃もたれ、いささか体調不良の二日目です。それにしても、地方のバーは安い。ジントニックハイボール、なんだかんだで7〜8杯は飲んだと思うんだけど、お勘定したら7千円しかしなかった。。

夜の帳が下りると、これがお城か神殿?に見えるのよねー。

この角の店は昔(といっても50年前だが)「サントス」っていうお店だったと思うんだけど、命令されると、よっていきたくはなくなるような気が。。ちなみに、これだけ移り変わりが激しいというか、衰兆のめざましいこの街で、この目玉の形の出窓はおそらく50年以上変わってないのよね。ある意味ここの記念物だ、と私は思っています。

しかし、暑い。日陰もない中歩いていると汗が吹き出るし、二日酔いで脱水症状になりそうです。

海に近いから、川、というよりは、入江みたいなものですね。子供だった頃この川が溢れて床下浸水になったことがあったな。

誰もいない公園に彫刻だけがゴージャスに立ち並んでるのがシュールです。上の作品は特にシュール。夜中に見たら怖そうだ。

真夏。

「商店街」に入ってから出るまで、かろうじてお店開けてたのは古本屋さんだけでした。。かなりしんどそうでしたが。

次に来たときはこの店にするかな。

壊して・・まだ何か作るんかい?

がらんとした商店街にヘンリー・マンシーニの「ムーンリバー」が流れる風情はやはりシュールですが、多少商いの気配もあります。ラーメン屋も空いてたし、街のこちら側の方がまだ元気が残ってるのかな。市役所に近いせいかな。

仏壇って結構高いのね。

爽やかな牧場の風景が。

吸い込まれるように入っていったとある路地。

夜の歓楽街?

まさに「城跡」。手前の「小壺」も一度ハマったら二度と出てこれなくなりそうだ。

タヌキと目が合ってしまいました。。

こちらは完全にシャッター街。枯れ果ててます。往時を知る者にとってはちょっと信じ難いのだけど、東京のような都会に暮らしているとわからない、この国の本当の現状が感じられるような気が致します。

記憶が正しければ、25年ほど前、このお店で朝定食を食べた。美味しかったです。この辺りでは、昔から「いりこ」(煮干し)で出汁を取るのですが、まさにあの味のお味噌汁がでてきて、懐かしかったのを、懐かしく思い出す。

ここからパラシュートをつけたG.I.ジョーを投げた記憶があるんだけど。

急に頻繁に来だしたのでご先祖さまもあの世でびっくりしたと思うけど、とにかくも墓参りを済ませて、この日のビールはこちらのお店に決定。お盆の中日だったけど寿司(並)を注文。小アジのフライは残念ながら売り切れにて、ざんねん。

この小さな街で営業してる居酒屋はここだけのようで、お盆の家族の集まりとか、ちょうど自分と同じくらいの年頃の方達の同窓会?的なグループで、結構賑わっておりました。もしもあのままこの街に住み続けていたら、僕もその仲間になってたのかも、と思ったりしながら店を出るときれいな夕日が。あの頃いつも見てた夕日と変わらないねー。

ホテルのロビーの置物や部屋の額縁をショア的に。

初日と二日目で体力を使い果たし、炎天下に街に出る気にもならず、ホテルの窓から。

最終日は京都です。本願寺にお参りを済ませてから、東山界隈を散策。

龍馬と中岡慎太郎。かっこい〜。

「で、常例としては、土曜日の午後から出かけて、南禅寺の瓢亭で早めに夜食をしたため、これも毎年欠かしたことのない都踊を見物してから帰りに祇園の夜桜を見、その晩は麩屋町の旅館に泊って、明くる日嵯峨から嵐山に行き、中の島の掛茶屋あたりで持って来た弁当の折を開き、午後には市中に戻って来て、平安神宮神苑の花を見る。」

谷崎潤一郎細雪」より)

新幹線の中で谷崎潤一郎の「細雪」を読み進める。20年ほど前に買った文庫本だけど、ようやく面白さが分かってきた。主人公たちに倣って「瓢亭」で昼飯食うか、と思ったけど、ひとり飯もなんとなく気詰まりなので、やめにした。それに、この時間からビール飲んだりしたら、もう歩く気もなくなりそうだし。

紅葉の季節にまたきたいな。

この辺り以降、早い時間に開店したばかりの祇園のバーにて夕涼みを兼ねてサイドカーをいただいた後だったせいか、盛大に左に傾いてます。我ながら少々気持ち悪くなってくる。すみません。

この橋、酔った状態でわたりたくないな。そのまま三途の川を渡ることになりそうだ。

高瀬川木屋町あたりが好きです。

こうしてみると、目測で撮影した割には、結構ちゃんと写真が撮れていることに、素直に感動。あまり使わないこともあって一時期、手放そうかな、と思っていたローライ35ですが、やはりこの機材は「現状維持」が決定です。目測フォーカスにさえ慣れることができれば、実はファインダーで神経質にピントを合わせて撮影するよりも、自由で気楽である。露出に関しては今回ほとんどこのカメラに組み込まれているゴッセンの露出計の「でた目」どおりで撮影したのですが、製造から半世紀近く経っているにもかかわらず、依然として正確な露出値を測ってくれているのには驚きます。ローライ35はゾナーのF2.8のレンズがついた個体も知り合いから譲ってもらったのだけど、こちらもオーバーホールしてもらおうかな。

今回実は、フジフィルムX100vもサブ機として持っていたのですが(そのため結局カメラバッグは結構な重さになってしまった)、デジタルだと撮影してすぐに結果が見れてしまうのだけど、フィルムを使って撮る写真って、露出とか、ピントとかに悩みながら撮影するときと、そうして撮影したフィルムが現像から上がってきたときの、二回、楽しめるような気がするのですよね。

フィルムの値段高騰にデジタル化への移行を結構真剣に考えていたのですが、もうしばらくはフィルムでの撮影を楽しむことになりそうだ、と改めて感じた今回の帰省でした。

 

 

 

リコーGR3x:人生の短さについて

「便利さは強敵だよ。きっとコロナのあと気付くんじゃない?億劫なことを省略しないのが大事だって。」

荒木経惟(カタリココ文庫「超二流の写真家」大竹照子 随想録所収の対話より)

Ricoh GR3x

私が歪んでいるのではない、この世界が歪んでいるのである。

その証拠はどこにあるのか、と君は問うだろう。それこそ悪しき「エビデンシャリズム」というものだ、子供の口喧嘩で、「僕、そんなこと言ってない!」「言ったよ、嘘つきめ!」「いつ言った?いつ?何時?何分?何秒?」と詰め寄ってきて、勝ち誇ったように虫歯だらけの口を開けて笑う無邪気なる子供と同じなのだ、と僕は強く非難をするが、しかし君の矮小なる世界観に少しだけ付き合ってあげるならば、見よ、水槽中の水面を!

この世界の水平がどこにあるのかを教えているのだ、この水面が。

あれれれれ、このリコーGR3x、すごくいいよ、いい。使いやすい。ちっちゃくてどこにでも持っていけてかさばらない。そして何より、絵が綺麗というか、品がある(個人の感想です)。ポジフィルム腸で撮ると、ライカで撮ったような個性的な写真が撮れる(個人の感想です)。昔使っていたGR Digitalとは違う。。APS-CのGRも一時期使っていたけど、やっぱり少し大き過ぎた(GRにしては)。

40ミリの画角も28ミリに比べると使いやすい。特に家の中で撮る分には28ミリだと、色々雑多なものが入り込んじゃうんですよね。コロナ禍でのライフスタイルの変化を読んだのかな、標準域レンズを積んだGRって昔から話題に登ってはいたけど、みんながおうちに篭りがちな今がベストのタイミングだったのかもしれません。

寄れるからライカよりもいろんな写真を撮ることができるし、なんだか、これ一台あれば、もう他のカメラいらないかもって思っちゃう。こんなにいいんだったら、28ミリのGR3も買っちゃう?って、それはバッド・デシジョンであろう。カバンの中に画角の異なる2台のGRが入ってたら、どっちで撮ったらいいか迷ってしまうことになるから。

GRってちっちゃくで肩肘が張らないっていうか、肩も、肘もいらない、手先だけ、指先だけ?で取れちゃうので、なんだかどうでもいい感じの写真がどんどん撮れてしまいます。でも、そういうどうでもいい感じの写真の方が、さいきん好きなんですよね。

あ、自分の腕のなさ、センスの欠如については、さっき乗った山手線の網棚に置き忘れてきました。。

あー、ラーメン食べたい。食べに行こうかな。まだ昼ごはん食べてないし。

と、いうことで、炎天下のもと、早速近所のホームグラウンドラーメン屋に直行する私であった。。

ここはなんと言っても、味噌ラーメン一択であります。イタダキマース。

慌てて撮ったので、もやしがピンボケになってしまった。。すみません。

帰り道で出会ったクロちゃん。元気にしてたんだ。暑いねー。日陰の飛び石の上なら、少し涼しそうだね。

この速射性というか即時性がデジタルカメラの最大の利点、ですよね。

「誰彼を問わず、およそ多忙の人の状態は惨めであるが、なかんずく最も惨めな者といえば、自分自身の用事でもないことに苦労したり、他人の眠りに合わせて眠ったり、他人の歩調に合わせて歩き回ったり、何よりいちばん自由であるべき愛と憎とを命令されて行う者たちである。」

岩波文庫「人生の短さについて」セネカ著 茂手木元 蔵訳より)

さて、語ることとて尽きてしまったので、あとはGR3xで過剰に撮れてしまった写真たちをランダムにアップロードさせていただきます。

 

Canon New F-1: 無題にて

Canon New F-1 + New FD35mmF2.8 + Kodak Tri-X

「最も重大な業務に最も適している君の精神的な活力を、たとえ名誉はあっても、幸福な人生には何お役にも立たない役目から呼び戻すがよい。そして考えてみるがよい。君が若年のころから、学問研究のあらゆる修行で勉強してきたことは、巨大な量の穀物が君の良好な管理に委ねられるためではなかったのだ。君は何かもっと偉大で、もっと崇高なものを自分に約束したはずである。」

岩波文庫「人生の短さについて」セネカ著 より)

たまにCanon New F-1を使ってみる。オート露出なので、とても楽だ。シャッターを切った感じも小気味良い。ただ、シャッターボタンをかなり押し込まないとシャッターが切れないので、ソフトレリーズをねじ込んでいる。

町中華」っていうのが今、流行ってるの?

なるほど、ほんの少し前・・・って言ってももう30年くらい前になるかな。日曜日って、何もすることがない日だった。お金もないので、ただ、ぼんやりと1日を過ごすのだけど、そんな日曜日のお昼過ぎ、ふらりといつものラーメン屋に入って、ふと思いつきで、瓶ビールを頼んでみたりする。結構これが酔っ払ってしまうのだ。いつか、寮の近所のヤマザキショップで缶ビールを2缶買って、部屋に帰って昼過ぎから1人で飲んだのだけど、いや回る回る、なんでこんなに回るの?っていうくらいお酒が回ってそのままぐっすりと寝込んでしまったのでした。

気がついたら、窓の外はすっかり暗くなって、夜の10時ぐらいになっていて、ぼーっとした頭で向かいの銭湯に風呂に入りに行ったのだ。

あれは本当に無為な日曜日だったけど、でも妙に忘れられない1日だったな。

そんな気がします。

上の写真は、豪徳寺のあたりで見つけた、町中華。今度このお店でビールとレバニラ、ギョーザなど、手始めに頼んでみたい。そして、お店の棚で油まみれになった「クッキングパパ」とか、「美味しんぼ」とか、「課長島耕作」なんてクラシックな作品をもしかすると最初からもう一度読んでしまうのも、楽しいかも知れない。

もちろん、シメはチャーシューメンでお願いします!

よーし、決めた。決めました。今やってる仕事が片付いたら、豪徳寺町中華で、昼からビールだ。

 

Nikon F: 私の隣にある異次元

Nikon F + Nikkor H Auto 50mmF1.8 + Kodak Tri-X

久しぶりのキャノンニューF-1を抱えて下高井戸の駅で京王線の電車を降りたのが午後1時前くらい。いや暑いのなんの。こんな暑さの中で歩き回っていたら、本当に熱中症で病院に担ぎ込まれそうです。ということで、世田谷線に乗って、とっとと豪徳寺まで移動。

寺の広大な境内の林の木々のお陰なのか、お寺のそばまで来ると、周辺の住宅地にもささやかながら風が吹き渡っていて不思議に暑さも和らぐようだ。境内に人は少ない。これも暑さのせいなのかな。

そのあと松陰神社まで世田谷の谷を歩くつもりでいたのだけれど、まだ命が惜しいので、再び世田谷線に乗って三軒茶屋までワープする。3時前とてまだ空いてる店もなかなかないが、駅の周辺を何度かぐるぐる回った挙げ句に昼からやってるもつ焼き屋を見つけて飛び込んで冷たい生ビールをいただく。

いや、生き返る〜

そのあと国道を渡り、下町の繁華街に移動し、さらにテクテクと、昔ながらの碁盤目状の街並みに沿って広がる飲食店街をジグザグに抜けて行って、とあるジャズ喫茶に入ります。

まだ夕方早い時間、お店は開けたばかりで他にお客さんもいない10席ほどのカウンターの一つに腰を据えまして、まずは瓶ビールを所望いたします。そして、何か食べ物もお願いするのが礼儀というものですから、メニューの最初の方に掲げられておりました「チーズフライ」をお店の方にお願いしたのでした。

お店を開けて間もない時間だったせいか、ビールは程よく常温で、まあこれはなかったことに、ということで急いで飲み干してしまいます。何度かレコードを変えてくださったのですが、上原ひろみとEdmar Castanedaのライブアルバムが気に入ってしまい、かねてからの通信障害にも関わらず、その場でスマホ取り出しAmazonにて検索、CD発注です。CDは2,000円ほどなのですが、レコード盤は5,000円なのですね。

そのうちレコードプレーヤーも買ってみたい。でもうちは猫の毛だらけだから、レコードは無理かな。そんなことを考えながら、角ハイボールをお願いし、これもあっという間に空になったので、1人で対応されているお店の方にあまりお手間を取らせるのも申し訳ないので、白ワインに切り替える。そんなこんなしているうちに、ようやく、という感じで、冒頭に所望のチーズフライがやってくる。

なかなかに熱々なのでしたが、うまい。外側はこんがりと揚がっているが、中はふわりと柔らかい。先ほどより私は黙々と酒を飲み、彼女は黙々とレコードをかける間柄であったお店の方に、愛想がてらに「これ、なんのチーズですか?」と聞いてみる。

そうすると、こう告げられたのだ。

「それ、チーズじゃありません」

「・・・へ?」

もしかして、私の質問が聞こえなかったのかな、と思い、もう一度、聞いてみる。

「いや、これ、なんのチーズですか?」

「いや、それ、チーズじゃありません」

私はその時に気がついたのであった。

私たちがいつも何気なく過ごしているこの世界は、ほんの小さな亀裂が生じることで、容易に瓦解する、そんな脆い、まるでトランプで組み立てた塔のように、儚く曖昧な意味の体系であったのに過ぎないのだ、と。

私は確かに「チーズフライ」を頼んだ。メニューにも「チーズフライ」と不動文字で記載されていた。そして、おそらく今目の前にあり、のみならず、自分の口の中に入れた、この物は、私はチーズであるという前提であり、視覚、嗅覚、味覚といった感覚器官を介し、かつ経験に照合した上で私が得た認識(それは、ささやかながらも「真理」と呼んでもよいはずだ。)も、チーズであるのだが、しかしこうして真っ向から、かつ完全、かつ冷静に「それはチーズではない」と告げられたとき、私の経験主義的認識方法によって得たこの世界の認識は、私の「真理」は、いとも簡単に瓦解してしまったのだ。

これが「チーズ」ではないのだとしたら、私がほんの数十秒前に咀嚼して、喉を降下していき、現在胃袋の中で、胃酸で溶かされつつあるはずのあの「物」は、それでは、一体、「何」だったのだろうか。

他に誰も客のいない、カウンター席10席ほどの薄暗い、しかしやけに冷房の効いた店の中で、私は一瞬にして変貌した見慣れない世界の中に取り残されていた。そして、目の前にある古びた、ほとんど中身の残っていないウィスキーの瓶やグラスの並んだ棚が歪みはじめ、私は少しずつ平衡感覚を無くしていくのだった。私は、カウンターの中にいて帽子とマスクで隠されて表情の見えない私よりもおそらくひとまわりくらいは年上であろう女性の目を覗き込む勇気も持てず、カント的、いやスピノザ懐疑主義の底知れぬ深みの中にたちすくんでいるのであった。

レコードはいつしか、Jack Wilsonの「Innovations」に変わっていた。そして私の慣れしたんだ世界は、もはやみる影もなく叩き潰されて、ワックスがけされたフローリングの床に横たわっていた。

恐るべし三軒茶屋。東京には我々を容易に飲み込んでしまう世界の裂け目があちこちに潜んでいるのかもしれない。