しまりす写真館の現像室から

カラーネガフィルムでユルめに写真を撮っています

Olympus Pen EE3: Solidarity; What's That?

「中平がスペインを訪ねたのは病に倒れる数カ月前のことで、『月刊プレイボーイ』の取材で中上健次と旅をした。同行の編集者によると、本屋を見つけるたびに新刊書をあさりに飛びこんでいくので、こんなにインテリの写真家がいるのかと、中上とともに驚いたという。」

(大竹照子「眼の狩人」(ちくま文庫)より)

こんなにちっちゃくて、絞りもシャッタースピードも調整できない、ピントすら固定焦点というカメラで、こんなに綺麗に撮れるんだったら、カメラの機能としてはすでにこれで十分なのか。とまでは言えないのかもしれないけど、少なくとも5000万画素のデジタルカメラで撮るべきものと、このカメラで撮れる、いや、このカメラが撮ってくれる写真とは、全く異なるものなのではないか、という気がしてくるのである。

Olympus Pen EE3 + D.Zuiko F3.5 28mm + Kodak Tri-X

1973年5月1日発売。1973年の5月1日に、僕は何をしていたのか。それはともかく、いずれにしても今僕の目の前にあるカメラは傷一つない綺麗な個体だ。1973年から50年(!)もの時間が経過しているというのに、このカメラはまるでついこの間、初めて店頭に並べられたもののようだ。そして、ご覧の通り、今でも綺麗な写真が撮れてしまうのだ。いちどにたくさん撮ろうとすると巻上ノブに擦り付ける指の腹が痛くなってくるけど、カリカリ片手でまきあげてシャッターを押せるし、シャッター音も小さくて、まさにスナップシューターだ。

最初は、カエルの卵みたいでちょっと気味が悪いと感じたセレン受光素子のブツブツだけど、見慣れてくるとキラキラしててなかなかきれいだ。

大竹照子氏の「眼の狩人」との本(ちくま文庫)を購入した。2004年発行の文庫本、元々は1994年に発行された書籍が文庫化されたものである。一読をおすすめする良書である、が、しかしもはや本屋で贖うことはできないから中古本で入手することになるだろう。今、本屋さんと呼ばれる大型書籍大量販売店に行くと、最初にまず目につくのは自己啓発本、そして株式やFXといった資産形成本である。言葉が言葉のために費消されていた時代もあったのだという仄かな記憶がある世代の空気を吸うことができた私は、実に幸福な人間である、と思う今日このごろである。

とりわけ、中平卓馬の項、そして「中平卓馬の沖縄撮影行」という項は、どこか深いところを思い切り揺り動かされるような、そんな感覚を起こさせる。真夜中に大竹を叩き起こし、20年という時間を突如として飛び越えてしまったかのように「終わったことは関係ないというのか!」と喝する中平。病で記憶を失ったこの写真家ほどの「記憶」を、過去をよびおこす力を、今日の私たちは果たしてもっているだろうか。

「丘の上に立った中平は演習機が飛びたつのを見て、『むかしは琉球大生が結集したんだけどね』と一言いって踵を返した。撮影はいいんですかと聞くと『いらない』と首を振った。こだわっていた割にはあっけない態度だった。」

(大竹照子「眼の狩人」(ちくま文庫)121頁)

https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480039262/

ちくま文庫も長期品切れと表示されているが、ありし日の中平卓馬の姿を描いたこれほど充実したドキュメンタリーが読まれないというのはじつに勿体ないことである。